厚生労働省に「労災保険制度の在り方に関する研究会」にかかわる要望(労災給付基礎日額)
連絡会は、アスベスト労災低日額の是正について運動していますが、厚生労働省は労災保険制度の大きな見直しの中、アスベストなど遅発性疾患の給付基礎日額も見直すことにしました。昨年12月24日に第1回の研究会がひらかれ、今年6~7月に中間とりまとめを行い、労働政策審議会にかける予定です(のちに、国会へ)。
2月10日、連絡会は研究会の議論に反映してもらうべく、要望を厚生労働省に送りました。(要望は、1月25日の石綿問題総合対策研究会の発表を補充して、述べています。以下、抜粋です)
1 2つの原則
2021年総選挙に当たりアスベスト問題について公開質問書をお願いした際、自由民主党から「稼得(かとく)能力の適正評価」「使用者の災害補償責任の担保」というふたつの原則などが回答として示されました。
稼得能力・被扶養利益の喪失填補(てんぽ)と、災害補償責任担保の双方を、整合性がとれる形で実現すべきです。
2 災害補償責任(発症の原因)の原則に沿って、築かれた給付基礎日額是正の成果を掘り崩してはならない。
今まで被災当事者の運動によって、低日額が是正されました。
(1)平成5年労第153号 1996.12.2労働保険審査会裁決 [中皮腫。特別加入期間ではなく]
(2)平成20年(行ウ)第17号 2009.7.30横浜地裁判決(確定) [肺がん。特別加入期間ではなく]
(3)平成29年度諮問第6号 2017.11.15行政不服審査会答申 [びまん性胸膜肥厚。最後の事業場ではなく]
この答申に沿う意見としては、労政審安全衛生部会2021.11.1資料2[建設アスベスト訴訟に関する最高裁判決等を踏まえた対応に関する業界の意見について]12頁に「労働者の話になるが、現在、労災適用となった場合、最後の勤め先の労災保険を使用する事が多い。作業内容や就業期間などが明確な場合は影響が一番大きい思われる現場での勤め先の労災保険を使用するべき。【住団連】」というものがあります。
なおアスベスト疾患でも、石綿肺はじん肺・合併症として取り扱われ、1986年2月3日補償課長の事務連絡第73号「粉じんばく露歴に労働者性の認められない期間を含む者に発生したじん肺症等の取扱いに関する留意事項等について」記の4(1)イに「労働者としての粉じん作業従事期間が特別加入者としての粉じん作業従事期間より明らかに長いと認められる場合には、労働者に係る保険関係により給付手続きを行う」、ロに特別加入者としてのそれが労働者としてのそれより明らかに長いと認められる場合には、特別加入者に係る保険関係によるなどと規定されます。これも災害補償責任に基づくものと考えられます。
3 稼得(かとく)能力・被扶養利益の喪失填補(てんぽ)、「非災害発生事業場」の考え方
20代に石綿に曝露し、20代で離職すると、20代の賃金に基づく給付基礎日額になります。仮に定年まで勤めあげた場合、定年時の相当額になることが多いので、偶然に左右され不合理です。
具体的には添付4[社会労働衛生18-1]の16頁、39ないし40頁の福井監督署例(193号通達による実例1))日額7704円、添付5[社会労働衛生20-1]の17ないし18頁のいわき監督署例7664円、32ないし33頁の大阪西監督署例6801円です。ほかに同種さいたま監督署例7477円(学生アルバイト時のみのばく露)、徳島監督署例6748円で、いずれも7000円前後です。
20代で石綿にばく露した労働者は、潜伏期間が最低10年ですから、20代で石綿疾患を発症することはあり得ません。業務上の疾病は、労働者が業務に内在する有害因子に接触して起こるもの、職場に内在する危険の現実化ですから、給付基礎日額を20代の水準とするのは、いかにも不合理です。
是正の方法としては、上記のような賃金構造調査などの統計や調査に基づく算定で(基発第193号の記の2以下)、発病時の年齢階層に是正するということが考えられます。
また、発病時に働いて得ている賃金を基礎に算定にするということも考えられます。現に、下記の国会答弁があります。
1975年の第556号通達[最終事業場]、1976年の第193号通達[賃金不明の算定]発出より前、1970.4.28衆院社会労働委員会では、寺前議員がベンジジンによる膀胱がんについて質問し、労働基準局長は「発病時においてその時点から三カ月ということでございますから、その人が現在どこか働いていらっしゃるとすれば、そのときの賃金が休業補償の基礎になりますから、直前の状態で押えるわけでございます。古い過去にはさかのぼりません。そういうことでございます。昔働いていたところでなくて、いま働いて得ていらっしゃる賃金の三カ月でやる、その発病後休業補償をする、そこがスライドで動きますれば動かしてやる」と答弁しています。
しかし、これまでは災害補償責任が強調され、稼得能力・被扶養利益の喪失填補が棚上げされ、クボタ・ショックの2005年以降の経過でも、発病時ではなく20代の賃金にされる例が温存されました。上記国会答弁のベンジジンによる尿路系腫瘍の潜伏期間の平均値は18ないし20年ですが(労災保険業務災害及び通勤災害認定の理論と実際下巻335頁)、中皮腫の潜伏期間は平均48.8年、42.6年、38.0年と記載されます(2006年「石綿による健康被害に係る医学的判断に関する考え方」報告書8頁)。ベンジジンの倍の潜伏期間なので、国会答弁に照らし、石綿労災日額の検討が遅れたといわざるを得ません。
2020年、複数事業労働者について「非災害発生事業場」の賃金も合算するという考え方が確立しました。賃金の高い本業と・低い副業という二重就職者が、副業に関し被災した場合「喪失稼得能力と保険給付との乖離は顕著」とされましたが、20代石綿暴露・離職で潜伏期間を経て働き盛りに石綿疾病を発病した場合、やはり上記乖離は顕著です。
上記2の災害補償責任に基づく日額算定も維持しつつ、稼得能力・被扶養利益の喪失填補の考え方によって、20代暴露・離職の不合理を是正するという方法を採るべきです。災害補償責任も・喪失填補も大切で、どちらかが欠ける(どちらかに偏る)という解決はいけません。
4 不合理・偶然の低日額を払拭するには、石綿初回暴露から発症までの全期間を視野に入れる必要がある。
(1)不合理、偶然 上記2などの通り「最後の事業場」で仕切る不合理が指摘され、是正されたりもして来ました。(例示 一番石綿にばく露した時の特別加入日額1万円ではなく、ほとんどばく露していない時の5000円にされた例など)
(2)いつのばく露が影響したか
添付1[宇田川労災裁判控訴理由書]の遺族側書面の通り、石綿による発がんのメカニズムは解明されておらず、いつの石綿ばく露が中皮腫の発症に関係するかを、一義的に決められません。
また、上記1986.2.3補償課長の事務連絡記の2(2)も、労働者期間と・事業主期間といずれか一方のみの粉じん作業に原因を求めることは医学上不合理としています。
(3)高いほうを採る原則
上記を踏まえると、添付4[社会労働衛生18-1]の26頁右下の囲みに主張したように「石綿の初回暴露から発症まで全ポイント」のうち適切なもの(第193号通達の規定「適当なもの」と同様)で給付基礎日額を算定する(ばく露時の事業場・同種労働者の条件かつ発症時の年齢による推算を含む)ことが解決になると考えます。
じん肺や振動障害の作業転換前後で賃金に格差がある場合、高いほう=適切な額と解され、粉じん作業や振動業務時の平均賃金とは限りません。被災者が不利にならない方法を採っています。
(4)調査の原則
上記2009.7.30横浜地裁判決は「担当行政庁が石綿ばく露作業に従事した事業場を特定したり、同僚労働者等に確認したりする等の必要な調査に努めること」を前提にしています。
また、基発第193号通達にかかわる1978.5.26補償課長・賃金福祉部企画課長の事務連絡「遅発性疾病の災害補償に係る平均賃金の算定について」は、十分調査すること、「平均賃金額について当該労働者の理解を得るよう努めること」が規定されており、横浜地裁判決と同じ精神です。
5 「石綿健康被害の特殊性」については、石綿救済法厚生労働省関係で救済する。
(1)日額既決定の是正 [略]
(2)石綿健康被害の特殊性
当会の2024年総選挙での労災給付基礎日額に関する公開質問書に対し、公明党は「石綿関連疾患については、長期の潜伏期間をへて疾患が発症する特殊性があります。労災保険制度は、事業主に責任を負わせる制度となっていますが、発症までの間に石綿アスベストを発生させた会社がなくなっている場合や、被害者が既に転職や定年退職をしている場合もあります」などと回答しています。
総選挙の公開質問書、アスベストに関する切実な要望に対し、各党が回答 – アスベスト患者と家族の会 連絡会
遅発性疾病は石綿疾患だけではありませんが、潜伏期間がかなり長く多数労災認定されているのは石綿疾患です。上記3の20代暴露・離職で20代の平均賃金になる問題では、1970.4.28衆院社会労働委員会で発病時の賃金にするというような約束がありながら(20代の賃金ではなく)、その約束が放置されてしまったということです。
上記(1)アの決定書によれば、休業補償受給中の被災患者は救済されますが、遺族補償年金を受給中の被災遺族にそれが及ぶのか、不安があります。稼得能力喪失は填補されるが、被扶養利益は填補されないというのも不合理です。
石綿救済法は「石綿による健康被害の特殊性」に鑑み被災者・家族を救済するもので、場合によっては救済法厚生労働省関係による手当も検討されるべきだと考えます。