政府に石綿救済法改正を要望
中央環境審議会石綿健康被害救済小委員会が、報告書を2023年6月に取りまとめました。
当会はそれに先立ち、6月7日に下記の通り政府に申し入れました。
内閣総理大臣 岸田 文雄様
環境大臣 西村 明宏様
厚生労働大臣 加藤 勝信様
アスベスト患者と家族の会 連絡会
共同代表 平地千鶴子
久保 啓二
石綿救済法改正に関する要望書
お世話になります。石綿被害者の救済のためご尽力くださり、感謝します。
6月に中央環境審議会石綿健康被害救済小委員会の報告書がまとまりますが、残念ながら報告書案をみると「すき間ない救済」という精神が抜け落ちています。そこで、すき間のない救済という観点から当会の要望をあらかじめ提出します。
要望書の骨子 1 立法趣旨である「すき間ない救済」を徹底すること。 2 建材メーカーなど原因者による負担を検討すること。 3 救済給付の療養手当によって生活を保障すること。 4 石綿被害者救済の推進機構を創設すること。 5 国の負担・費用で中皮腫の治療研究を行うこと。 6 労災給付基礎日額の公正な是正を徹底すること。 7 石綿肺・合併症で石綿作業が10年以上あれば、労災認定すること。 |
- 報告書案への批判 (1)「すき間のない救済」
立法時に、石綿健康被害の「すき間ない救済」が合言葉でしたが、報告書案から消え去っています。
また、石綿救済法は環境省関係と・厚生労働省関係からなり、どちらも「石綿健康被害の特殊性」に着目して救済します。労災で救済できない患者・遺族をすき間なく救済するので、労災制度との均衡を放棄することは許されません。
ア 2005年10月12日 衆院内閣委員会
細田官房長官「アスベスト由来であることが推定される限り、すき間なくやっていきたい、措置していきたい」。「(指定疾病について)アスベスト由来の疾病であるということがはっきりしておれば、当然含まれると思っております。その因果関係をしっかりと調べていかなければならない」。
イ 2005年10月19日 衆院厚生労働委員会
環境省寺田審議官「既存の法律で救済できない被害者をすき間なく救済するということを基本的な目的としているところでございます」。「労災制度の運用との均衡というようなことも重要な検討課題であろうかと認識しております」。
自民党井上信治議員「基本的には労災が原則だと思います。そして、やはり家族や周辺住民の方々に対してもなるべく労災の適用された方々と同じような救済をしていただきたい」
ウ 2005年10月25日 参院厚生労働委員会
尾辻厚生労働大臣「私どもはやはりすき間なく対策を取らなきゃいけない、すき間をつくっちゃいけないと思っておりまして、それが基本的な今後の姿勢でございます」。
エ 2006年1月27日 参院本会議
小池環境大臣「アスベスト健康被害者のうち、既存の法律で救済されない被害者をすき間なく救済するための新たな法的措置として、石綿による健康被害の救済に関する法律案を平成18年の通常国会の冒頭に提出する」。
要は、アスベスト被害者のうち、労災で救済されない患者・家族を、労災と同様にすき間なく救済するということです。
(2)原因者負担
報告書案Ⅱ1(1)に石綿による健康被害について「原因者を特定して民事上の損害賠償を請求することが困難である」とされ、「損害賠償―救済給付」という2項目だけを取り上げて、救済給付は損害賠償とは別の措置だと強調されます。
しかし、環境省は2022年6月の<石綿関係の給付等に関する関係法令について(イメージ図)>で労災を補償、救済給付を救済と位置づけ、その上に建設アスベスト給付金という賠償が上乗せになると図示しました。つまり「賠償―補償―救済」という3項目です。労災は賠償ではなく「原因者負担」です。
下記の8頁
【資料2】建設アスベスト給付金制度の施行に係る石綿健康被害救済制度の対応等について (env.go.jp)
2022年6月10日参院環境委員会は「石綿による健康被害の救済に関する法律の一部を改正する法律案に対する附帯決議」を採択しました。その5に「原因者負担の在り方等についても検討を行うこと」とあります。
救済給付の対象者には工場の公害、一人親方、作業者家族など因果関係が特定される場合も多いので、国会決議の通り建材メーカーなど原因者による負担の在り方を検討すべきです。労災がきかない救済給付の受給者が全く原因不明だとするのは極論でして、原因者の有無をよく追究すべきです。
(3) 療養手当の額
報告書案Ⅱ1(2)で、介護実態調査から平均的に「療養手当の額が不足しているということはできない」と決めつけていますが、相当の患者が発病のために生活が困窮するとは限らないとしても、療養休業のために困窮している患者がいます。
療養手当の一律部分を維持しつつも、年齢・困窮度・稼得能力喪失度に応じ、困窮する場合に増額して生活保障することを検討すべきです。労災休業補償が支給される場合、療養手当を不支給とするので、療養手当に生活保障的な意味がないとは言えません。
なお物価高騰を踏まえると、当初の額に据え置くべきではないと考えます。
(4) 当事者推薦の専門家委員がいない。
報告書案Ⅱ2(2)に石綿肺の合併症である続発性気管支炎などが重篤でないとか、年金記録では事業所における石綿使用の有無まで判別できないとか記載されます。
石綿肺などじん肺は進行性の疾患で、著しい肺機能障害に陥る前に、労災療養すべきだとして、合併症が制度化されました。小委員会の委員はじん肺の続発性気管支炎はなおりやすいと主張していますが、別のじん肺の専門家はじん肺が進行するし、続発性気管支炎がなおった例を知らないと述べています。かつて小委員会ではじん肺・続発性気管支炎を「詐病」視する報告もなされ、委員構成も一部の意見に偏り、不公平です。
年金記録による労災認定については、2005年8月3日の参院厚生労働委員会で、尾辻厚生労働大臣が「今まではアスベストに暴露されたということが言わば証明されないと労災認定しないということにいたしておりましたけれども、もうそういう作業に従事しておられたということでもってこれは認定の条件にしようというふうにいたしました」と答弁しています。具体的には2005年10月19日の衆院厚生労働委員会で、中野厚生労働副大臣が「請求本人の御主張及び厚生年金の被保険者記録等を裏付ける資料をもってその事実を認定することとし」たと答弁しています。
上記は、法制定時の「すき間ない救済」の精神を忘れ、いかに救済をせばめるかに陥っている証左です。もし当事者推薦の委員がいれば、上記のような一方的な議論にはならないはずです。
2 救済推進機構の創設
石綿救済法で、中央環境審議会は救済給付の指定疾病の改廃や医学的判定を行うことになっていて、法の見直しの場とは規定されていません。
救済法は石綿被害の特殊性に着目した法律で、環境省関係だけではなく、厚生労働省関係の法の見直しも必要ですが、その場がありません。厚生労働省が中皮腫死亡診断書に基づく個別周知を関東甲信越分ブロックしかできないまま請求期限になってしまい、後追いで救済法の10年延長がなされたことからもわかるように、法の厚生労働省関係についても見直しの場が必要です。
また、上記1(4)のような弊害もあり、委員構成が偏っています。2006年の2月10日の中央環境審議会環境保健部会では、連合の臨時委員が、救済給付の「給付内容を労災保険給付にさらに近づけることが不可欠」と指摘しています。日弁連も会長声明で、救済給付は「労災や公害健康被害における補償給付額と比較してあまりに低い水準にとどまっている」と指摘し、「被害者や遺族らに対する生活保障に見合う適切なのとする必要があり、大幅に見直されるべきである」と主張しています(2006年1月18日)。
ずばり過労死等防止対策推進協議会のように、当事者代表+ILO三者原則(公益・労働者代表・使用者代表)からなる「石綿健康被害救済推進協議会」(仮称)を創設すべきです。
環境省関係は中環審で、厚生労働省関係は労働政策審議会でというたてわりでは「すき間ない救済」は到底できませんから、石綿被害救済の統一した推進機構が必要です。
3 石綿被害の特殊性を踏まえた、すき間のない救済の提案(救済推進機構の創設を待たずに)
(1)国の責任・費用による中皮腫の治療研究
泉南型国賠で1958-1971年の国の不作為、建設アスベストで1972ないし1975-2004年の不作為の違法が裁判所で認定されました。国の不作為のため中皮腫をはじめとする石綿疾病の過剰発症があり、上記違法がなければ発症しないで済んだのです。
たとえば、東京・埼玉・神奈川の建設作業者に関する1981-2008年の中皮腫の観察において、その観察値が期待値の2.78倍であり(日本人一般の死亡との比較)、国が上記期間石綿を禁止しなかったため余計に発病しているのです(故海老原勇医師、社会労働衛生誌9-1)。
ですから、アスベスト特有の中皮腫について、国の責任・費用で中皮腫の治療研究を行うべきです。
(2) 労災給付基礎日額の公正な是正の制度
石綿疾病が労災認定されても、「最終の保険関係」で給付基礎日額を決めるので不合理が生じています。若年時離職者の若年時低日額、特別加入者の低日額、再雇用の低日額などがあり、部分的に是正されてきました。しかし、是正しても遡及適用がなかったり、国会答弁や行政不服審査会の指摘に反し、不合理な低日額が系統的に是正されてはきませんでした。
建設業のように石綿事業場を転々し、暴露期間や潜伏期間が長いといった石綿被害の特殊性を示す問題です。現行法で解決できなければ、救済法の中で解決すべきです。
(3)「石綿作業10年以上」で、石綿肺・合併症を労災認定すること
労災給付 | 救済給付 | |
石綿肺 | 労働者期間が長ければ〇 | 労働者期間が短くとも認めることになっているが、実際の認定率は著しく低い。△ |
合併症 | 労働者期間が長ければ〇 | × |
石綿肺・合併症については、まさにすき間だらけです。
厚生労働省では、石綿肺・合併症が労災療養相当でも、労働者期間が長くないと労災認定しません。環境省では、救済給付における石綿肺認定率が異常に低く、そもそも合併症を排除しています。
労働者期間が長くなければ認めないとする取扱いに医学的な根拠はない一方、労働保険審査会(国会同意人事。医師の委員を含む)は労働者期間が長くなくとも石綿作業が10年あるとして労災を認めています。
近藤昭一衆院議員が同席